2014年1月15日水曜日

東北旅行 1日目 前半

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朝6時、盛岡駅にいた。新宿から秋田・盛岡行きの深夜バスに乗った。座席が一番前だったせいか、スペースが狭く足を折り畳むようにして乗っていたので、些か体が痛かったが、思っていたよりは眠れたようだ。親戚との集まりで酒を飲んでいたからだろう。

盛岡の市街地は雪がやや積もっていた。ひどくはないが、凍結があり歩くには気を使う。雪道を歩くのは久しぶりだ。盛岡へ来るのは5年ぶりになる。といっても、前回も食事を取っただけ、今回もレンタカーを借りるまでの時間待ちだ。8時の営業開始と同時に車を借りる。行き先は特に決めていなかったが、直前に買った地図を眺めて、とりあえずまっすぐ海の方へ行き、宮古市まで進む事にした。


区界峠を超えて、2時間ほどで宮古へ着く。途中は雪道+山道であり、久しぶりに運転に緊張が走った。宮古ではまず、浄土ヶ浜へ向かった。



暖かい日射しと、波の音、カモメの鳴き声で作られた空間は思っていた以上に気持ちが良かった。海はよく見るが、これほど穏やかな海を見るのは久しぶりだ。普段は海を見に来てもすぐに帰ってしまうけど、ここはついつい長居をしてしまった。

浄土ヶ浜を離れ、次は田老町へ向かった。ここは、世界最強と謳われた防波堤があった町だ。宮古からは車で30分弱と行った所だろうか。少し腹が減ってきたので、昼食を、と思ったが手頃な店が見つからない。仕方がないので目的地付近で見つけたコンビニに入る。ここは津波の跡地にプレハブで出来ていたが、いつもと変わらないLチキの味がしてほっと落ち着いた。


腹も落ち着いたので、車を降りて少し田老を歩いてみた。田老に限らず津波の被害を受けた所ではどこもそうだったのだが、震災前にあった建物のコンクリートの基礎が剥がされ、各々の土地に山積みにされていた。


防波堤を超えて、海の方へ。途中、ホテルの跡地を見付けた。ここで驚くべき光景を見たのだが、なんと郵便配達人がいたのだ。もう3年近くになるのに郵便が届くとは、この建物に人が住んでいるという事だろうか??


海の目の前には、漁業施設で固められていた。元の生活を取り戻すのは大事な事ではあるが、住民の誇りですらあった防波堤が無惨にも乗り越えられてしまった時、元の生活というのは果たして想像できるのだろうか。一通り歩いた後、防波堤の上へ登ってみた。近くには、田老町の復興工事の概要を記した看板があった。どうやら、震災前よりも防波堤をかさ上げする対策らしい。つまり、前の姿に戻るということだ。
防波堤の上で、偶然にも町民らしき方にあった。かさ上げによる対策を説明してくれた後で「もう来んじゃろ…ははは。」と自分に言い聞かせるように言っていたのがすごく印象に残っている。少し、諦めの境地も含んでいたように感じる。「もう一度津波が来てしまったら…」という、誰もが想像したくないシナリオを取り入れた復興なのだろうか。町のあちこちに見えた「学ぶ防災」の旗が少し虚しく見えた。


2014年1月13日月曜日

YEAR END AND NEW YEAR

2014年一本目は年末年始を振り返る。

年末は仕事納めをして、そのあとも仕事へ出て…。あとは勢いに任せて毎日のように飲みに出ていたな。それぞれが楽しい時間だった。学生のとき以上に、「会えるうち、会っておく」といった生き急ぎ感が加速している。生き急いでいるのは気持ちだけで、実際の行動は大してスピードもないからギャップが出てる気がする。

帰省をした。24時間くらいしか滞在しなかったので、会ったのは親と親戚ぐらいなものだが、生存報告だけはしてきた。…線香をあげ忘れたのを思い出した。毎年変わらないメンバーが集まって正月を迎えられる幸せを、今年は一番感じたかもしれない。俺自身も去年は結構な経験をしたし、祖父は89にして家を出るようになった。今年は90(卒寿)のお祝いもしなきゃなぁ。ただ、90になったじいさんに何をしてあげれば良いのやら、なかなか難しい。食べ物飲み物もあんまり食べられないし、物はもう増えてもしょうがないだろうしなぁ。

帰省もそこそこにして、3日から5日までは東北を旅した。
この年末年始は、なにせ期間が長かったので、どこへ行こうか色々考えた。帰省をせずに海外で年越しも良いな、と思ったが、どこへ行っても日本人が多そうなので、結局は国内に焦点を絞った。
北海道はこれからも行く機会があるだろうし、関東近郊は味気ない、関西、四国は自宅の九州から近いし、戻るのもバカバカしい。ということで、消去法で東北へ。東北へ行ってからのことはまた別の記事に。

社会人始まって最初の年末年始はこうして過ぎていった。この陰には、原稿が上がらずに元旦から唸っていた自分もいたが、まぁ最終的に間に合ったのでとりあえずヨシとしよう。

今年の目標
・(問題が起こらない程度に)どんどん書く、ステップアップをする
・TOEICの自己記録を更新させる
・金を作る
・本を週に1冊は読む(弱気)
・体を作り直す
・広島カープのキャンプを観に行く
・山へ登る。くじゅうは最低でも。
・福岡に来た友人を案内できるように観光地を抑えたり、店を紹介できるようになる
・韓国へ行きたい
・道東へ行きたい

無理くり10個あげてみた。さて、いくつ達成できるかな。

2013年12月25日水曜日

天涯

初めて、沢木耕太郎氏のラジオ「天涯」を聴いてみた。Tokyo FMで毎年決まった日にだけ放送される。

文章のなかにある一歩引いた印象とは打って変わって、すごく饒舌な人だなぁと、前々から思っていたけれど、今回も良く喋っていた。旅や人生経験など、過去のことを話していることが多かったのだけれど、やはりその場その場でなにかを考えたりや感じたりして、なにがしかの感想に落とし込んでいる。
話そのものは特別なものというよりは、「ふぅん」といった感じものも多くて、特に素晴らしい結論、結末があるわけではないのだけれど、ここまで積み上げてきたものがあるから、言葉の重み、深みみたいなものを感じてしまう。たぶん同じことを別の人間が言ってもここまで聞き入ることは無いだろう。
意外と?リスナーは若い人が多かったように思う。就職活動中の大学生、新社会人…そんな人達と電話で会話を交わしていた。興味深かったのは、就活中の大学生に「面接のコツはなんですか?」と聞かれた時に、「話し相手に対して、すごく興味を持って接したり話しかけたりすること」と答えていたこと。氏曰く、インタビューのコツも同じだそうだ。何事にも、好奇心を持つ(ようなポーズ)をすることが大事なのだろうか。
もう一つ「どうすれば自分に自信が持てますか?」といった問いには「他人にほめてもらうこと」、「手を抜かないこと」という答えだった。氏はいわゆる「普通」の人生とは違った生き方をしているが、それも結局は手を抜かなかったからここまでやれてこれたのだ、と語っていた。その想いは、この番組の冒頭で氏が言っていた「in your own way」という言葉と、すごくマッチする感じがした。

とりとめのない感想だけども。

2013年12月23日月曜日

Tokyo Ska Paradise Ochestra 『Stand Out』 @ Drum Logos, Fukuoka-ken,Japan

−戦うように楽しんでくれよ−

初めてワンマンライブに行ってきた。スカパラは1、2回フェスで観る程度だったが、とても楽しい雰囲気だったのを覚えている。今回はたまたまライブがあるのを知り、鑑賞に至った次第である。生で音楽を聴くのは、実に1年半ぶりだ。

Drum Logosには開場の数分前に着いた。ここは、一度だけ前を通りがかったことがあるが、手作り感のある看板がなんとも良い味を出しているなぁという印象だった。今回もそれは変わらず、「東京スカパラダイスオーケストラ SOLD OUT」と、マジックで書かれている。物販を一見してみるが、Tシャツ、トートバッグ、それにCDやDVD…特に目新しさはない。ライブに行く度に、勢いでこういうものを買ってしまうと、部屋がTシャツやマフラータオルだらけになってしまう。

客層は、おそらく6:4か7:3で女性が多い。特に、自分よりも年上、親世代くらいの人も珍しくない。まぁ、自分が生まれるより前に結成された老舗バンドなのだから、なんら不思議ではないのだが、どんな雰囲気になるのだろうか。

開場後、中に入る。階段を上がり、ロッカーに荷物を突っ込みフロアーへ。天井が高く、床は4、5区画に分かれている。もちろん前に行くほど低くなっており、後ろまでの見やすさへの配慮がある。

ほぼ時間通りに開演。谷中さんの「戦うように楽しんでくれよ!」とのかけ声とともに演奏が始まる。フェスと違うなぁ、と感じたのはメンバー一人一人の個性を感じられたこと。バンドのライブって、なんとなくフロントマンやアジテイターが固定されていて、目立たないメンバーもいたりするものなんだけれど、スカパラにはそういう人がいない。メンバーが代わる代わる前線に出てきては、客を煽っていく。デキの良いサッカー選手のような印象だった。

さて、曲の批評とかするレベルの客ではないので、この辺りにしておく。Drum logosの評価だけをしておくと、終演後にアルコール提供ナシってのは、ないんじゃないか?せめて始まる前に教えてくれよ…。ライブ後の一杯が最高に美味いのに、サァ。

12/23

2013年が終わろうとしているのに、どうにも落ち着かないのは、それを受け入れられないということか?